旅立つ前日、加山から聞いた早咲きの桜があるという場所へレニだけを誘った。
『桜が咲いたら一緒に見よう。』
そう約束したのは雪のちらつく1月の終わりだった。
花やしき支部に行った帰り道、少しばかり寄り道と隅田川沿いを歩いてたときにそこにある桜の木の話になった。
まだちゃんと桜の花を見たことがないというレニに俺はそう約束した。
そのときの俺は今ある生活が変わることなく続くと何の疑問も思わず信じていた。
純真無垢で傷つきやすい彼女のそばでずっと見守っていけると思っていた。
それが2ヶ月たっただけで一変してしまうなんて思いもよらなかった。
巴里行きの話を聞いたとき、泣き方を知らないレニが涙を流さず泣いてるように見えて辛かった。
だからせめてあの約束だけは叶えたいと思った。
早咲きといいつつもまだ早かったのか5分咲き程度だった。
それでも俺は約束が果たせたことにほっとした。
「ありがとう、隊長。」
風に吹かれて数枚の桜の花が舞い散る中、嬉しそうに微笑むレニの顔は俺の心の中に深く刻み込まれた。
巴里に来てからというもの、ふとした瞬間に思い出すのはあの日のレニの笑顔だった。
自分がどれだけレニに心惹かれてたのかを再確認する。
なぜあの時手を離してしまったのか、レニのそばにいる方法なかったのか、そんな思いがぐるぐると駆け巡る。
でも完膚なきまでに敗北したあの日、俺は痛感した。
今の俺ではたとえあのままレニのそばにいれたとしても守りきれなかったのだということを。
もっと強く、もっと大きくならなければ。
それからの俺は周囲に目を向けるようになった。
今この場所で俺ができることすべてをやり遂げようと。
しばらくしてから帝都のみんなが順番に巴里に来てくれるようになった。
少ない言葉で理解してくれる信頼の強さ、今までの戦いで身につけた知識と経験。
帝都花組にあって巴里花組に無いものをみんなは教えてくれた。
嬉しい反面、気がかりもあった。
レニと織姫君も1度は巴里に来てくれるだろう。
レニに会えるまでに俺は前よりも強くなってるのだろうか、大きくなっているのだろうか?
そしてもう1度会ったとき、俺はレニを手放せるのだろうか?
俺の中のレニへの想いは薄まるどころかより強くなっている。
そして今のレニには帝劇という帰る場所がある。
レニに会えるかもという期待が大きくなる一方で不安も大きくなっていった。
レニとの通信が切れたとき、俺はいてもたってもいられなくなった。
ついさっき、ほんのついさっき再会してレニの一言に勇気付けられたというのに…。
光武Fを走らせながら俺はレニの無事ばかり祈っていた、他のことなど全く目に入らなかった。
戦闘を終わらせた俺はレニの元へ走った。
レニの無事を確認し、抱きしめたらもう動けなかった。
レニのぬくもりを感じ、心臓の音を聞いたら不覚にも涙が出た。
「ごめんなさい。」
レニがつらそうに謝った。
レニが悪いんじゃない、守りきれなかった俺が悪いんだ!
そう言おうとしたのに言葉にならなかった。
レニはただ首だけ振る俺の背中に手を回し、あやすようにたたいた。
「隊長がいなくなってから今まで知らなかった感情が少しづつ大きくなっていったんだ。
初めはわけがわからなくてすごく戸惑った。
隊長がいたらこれがどういうものなのかきっと教えてもらえるのにとも思った。
でもある時、ふと理解できたんだ。」
俺の涙がひいたころ、レニがぽつぽつと話し出した。
その表情を見て俺はレニが別れた頃のレニじゃなくなってることに気がついた。
あの頃のレニは生まれたばかりの幼い子供のような無邪気な顔をしていた。
でも今のレニは艶やかな女の顔をしている。
俺の知らないところで成長していたレニに寂しさを感じたが、それよりももっと大きな期待感が上回った。
今なら、今のレニなら言っても大丈夫だろうか?
別れる前に言いたくて言いたくて、でもどうしても言えなかった一言。
俺は右手をレニの頬に添えると親指でそっとレニの唇を閉じた。
不思議そうに見つめてくる青い瞳に吸い込まれそうになりながら俺は言った。
「レニが好きだ。」
レニはびっくりしたように目を開き、そしてそこから一筋の涙がこぼれた。
「ごめん。」
俺はあわてて手を離しレニに謝った。
俺の想いはレニには涙を流すほど迷惑だったんだ、そのことに胸をえぐるような痛みを覚える。
どうしてもそのままレニを見ていられなくなって俺は顔を背けた。
「ちがっ、ちがうの!」
レニはそういうと俺にしがみついてきた。
「隊長が好きだといってくれて嬉しい。
嬉しいのになぜか涙が出て止まらない。」
嗚咽交じりでレニはそう言った。
俺はにわかには信じられない気持ちでしがみついてるレニを離し顔を覗き込んだ。
「ボクも隊長が好き。」
そう言ったレニは涙を流してはいるが確かに笑っていた。
俺は誘われるように流れる涙を吸い取り、最後に口づけた。
抵抗するどころかそのままもたれかかってきたレニに、俺は自分の想いが通じたのだと実感した。
今度会うときは帝都で
そう約束して俺はレニと別れた。
レニを思い出すときはいつも桜の花びらが散っていた。
だから桜舞い散るあの街で再びレニに会えたらもう二度と離さない、そう心に決めた。
元ネタ?は倉木麻衣の「Time after time 〜花舞う街で〜」です。
最初に聞いたときからなぜか心引かれて、歌詞を知ってからはこの歌にこめられたはかなさや切なさや決意に見事にはまってしまいました(苦笑)
で、繰り返し聞いてるうちに大神×レニになってしまうのがなんとも;;
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