『しまった!』
空気が切り替わるのを感じ、レニはとっさに振り向いた。
目の前には先ほどと変わらずある日常の風景、でもレニにはガラスを1枚隔てたように見えた。
『いつの間に…』
レニは実際に通るまでこの存在に気づくことすら出来なかったおのれ迂闊さを悔やんだ。
向こう側を歩く人々はレニの存在に気づいていない、この場所自体が別の空間となっているようだ。
レニはこの空間の中心となる位置に立っている桜の木を見た。
桜の花は今が盛りと咲き誇っている。
それ自体は問題ない、ちょうど今帝都の桜はどれも盛りを迎えている。
明日の休みには帝劇のみんなで花見の予定もあるぐらいだ。
だがそんな満開の桜にも通る人々は関心を示さない。
『この木がこの空間を支えてる?』
レニはそう思い、木に向かって一歩を踏み出した。
「誰ぞ。」
その声にレニが立ち止まると、桜の木の中から白い着物を着た人物が現れた。
レニはいつでも攻撃ができるよう、臨戦態勢をとった。
「鬼…。」
木から現れたものは黒髪の上に2本の角がついていた。
そして人間では考えられないほどの力を有していることから、レニは鬼だと判断した。
「我が結界内に入り込んだものがいるから誰かと思えば、同族の血を引きし者か。」
レニは眉を潜めた。
「ボクが鬼の血を引いてると言うのか。」
レニは戦闘態勢を崩さず、会話をしてみることにした。
なぜなら鬼からは敵意が全く感じられず、なおかつこの空間に満たされる力は魔とは縁遠いものだったからだ。
「人間にはもともと力が無い。
多かれ少なかれ力を持ってる人間は、過去に我が同族と交わった者の子孫となる。」
その言葉にさらにレニは表情を険しくした。
「我らが血を引くのはそんなに嫌かえ?」
鬼は面白そうに笑いながら尋ねた。
「鬼は害をなす。」
誰にとはレニは言わなかった、でも鬼にはそれで通じたようだ。
「人間であっても害をなすものはいるぞえ。
我が一族の者とて千差万別、害をなす者もいればそれを好まない者もいる。
我はお主に害を与えるつもりはない、この地の守り人よ。」
その言い方にレニはこの鬼も守るべき物がある者だと感じ、戦闘態勢をといた。
「この空間は霊力で満たされすぎている。
それがここに留まる理由?」
鬼は自分が出てきた桜の木を見つめた。
「力はただの力、聖も悪もない。
人間が自分たちに利のある方を聖、害なす方を悪と言うのみ。
我はただ、我が大事と思うものを害なそうとしたのを封じているだけ。」
鬼は愛おしむように桜の木に寄り添った。
「この木と共に。」
レニは鬼の心を感じ取り、すべての力を抜いた。
「ボクの名前はレニ。 あなたは?」
「美守(みもり)
美しき守り人とあの者が呼んだ時から、我が名は美守となった。」
レニは美守の気持ちがじゅうぶん理解できたから、笑ってうなづいた。
「ひとつ忠告を。」
レニが帰ろうとしたとき、美守がそう声をかけた。
「この地はここ数年で4度も崩壊寸前となっている。
木は大地に根ざすもの、これ以上度重なれば封じにほころびが生じるかもしれぬ。
ゆめゆめ忘れなきよう。」
そう言って美守は桜の木へと戻っていった。
レニは気を引き締めて美守に頷き返した。
1度書いてみたかった「鬼」の話です。
鬼となるとつい悪者になってしまうけど、そうじゃないのよ〜ってのを。
昔読んだ小説が元になってるんですけどね。
それにしても、言葉が難しかった;;
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