真っ暗な空からとめどなく降りてくる白く小さな塊。
受け止めようと空に向かって手を伸ばすものの、指に触れたとたんそれは溶けてしまい跡形も無く消えてしまう。
「きょ……うは、とくべ………つな日、あ……いが、あふれ…そな日。
 き………っと………………。」
レニは歌を歌いだす。
さっきまでみんなと一緒に舞台上で高らかに歌っていた歌だ。
でも今はかすれて切れ切れで、すぐそばにいないと聞こえないほどの小さな声だった。
遠くのほうから小さく鐘の音が聞こえてきた、日付が変わったのだ。
レニは空へと伸ばしていた手をぎゅっと握り締めてうつむいた。
「奇跡なんて…、奇跡なんて起きるわけないんだ。
 ボクはいったい何を期待していたんだろう………。」
レニの心には一人の人物が映っていた。
会えないのは頭で理解していた。
でも会いたいと思う感情は日に日に大きくなってきて……
特別な日だから、歌のように奇跡が起きて会えるのではないかと期待していたのだ。
だが……
「たいちょう……。」
力なく呼ぶ声。
今までレニが夜遅く中庭にいると必ず大神が出てきて、心配そうに中に入るように促していた。
でも日付が変わったのに自分がここにいるということ自体が大神がいないのだとさらに実感させ、さらにレニの心に刃を突きたてていた。


「あらアイリス、こんな時間まで起きてるなんて珍しいですね〜。」
織姫は寝る前に何か飲み物でもと思って部屋を出たところで廊下にたたずんでいるアイリスを見つけた。
「あ、織姫……。」
振り向いたアイリスは暗く沈んだ表情をしていた。
何かあったのだと瞬時に理解した織姫はやさしくアイリスに問いかけた。
「レニがね、お兄ちゃんを待ってるの。
 ずっとずっと中庭でお兄ちゃんを待ってるの、心の声が伝わってくるの。
 雪が降ってるからレニの体が心配だけど、レニが待ってるのはお兄ちゃんだからアイリス……。」
泣きそうになりながら言うアイリスを落ち着かせるように織姫は背中を軽くたたいた。
そして声をかけようと顔を上げたとき、下から階段を上ってくるレニが見えた。
「ちょっとレニ、何ですかその格好!!!」
アイリスから聞いて心配していたレニが中に入ってきたことにほっとしたのもつかの間、レニの頭や肩には雪が降り積もって真っ白になっていた。
服もかなり濡れていて、顔面も蒼白だ。
だがレニ本人は織姫が何を言ってるのかわからないという表情をしている。
「そこらじゅうに雪が積もってるなんて、何時間外にいたんですか!
 今すぐお風呂に入ってきなさーい!!。」
すごい剣幕で織姫が言うのだが、レニは首を振った。
「ボクは大丈夫だから。」
「ど・こ・が・大丈夫なんですか!
 いいから今すぐ入ってくるです、入るんです、入りなさい!!!」
レニの肩をガシっと捕まえて言い募る織姫にレニは負けてうなづいた。
「アイリスも一緒に入って、レニがきちんと温まるまでお風呂から出ないよう監視してくるで〜す。」
「え?」
突然話を振られて、今度はアイリスがきょとんとした。
「アイリスだって、身体が冷えてるで〜す。」
先ほどとは違うやさしい声で言われ、アイリスはあっとなった。
「着替えはあとから私が持っていきますから、二人はこのままお風呂場へ行くといいで〜〜す。」
「うん、わかった。行こう、レニ!」
アイリスがレニの手を引いて階下に消えると、織姫は深いため息をついた。
「こんな時間に大声出しちゃってごめんなさいで〜す。」
そうすると部屋の中から様子をうかがっていたみんなが廊下へと出てきた。
「気にすることは無いわ。」
「そうだぜ、レニを思ってのことだってわかってるしよ。」
「パーティーの途中まではいつものレニ、だったのですけど……。」
「いつの間にかおらんようになってしまっとったけどな。」
「どうしたら、いいのでしょうか……?」
大神を待ち望む気持ちはみんな一緒だった。
ただレニだけは薄氷の上を歩くような危うさもあったのだ。
そんなレニに何かしてあげたいのだが、何をしたらいいのかわからずため息の数だけが増えていった。


「レニ、シャワーだけじゃだめだよ。ちゃんとつからなきゃ。」
シャワーだけ浴びてお風呂から出ようとしたレニの腕をアイリスがつかんだ。
「もう温まったよ。」
レニはそういったが、つかんだ腕はまだ冷たく感じた。
「だーめ。織姫からも言われたし、ちゃんとあったまるまでアイリスが出さないんだから。」
そういうとレニは困ったような顔で湯船へと浸かった。
なんでもない様な振りをしてるが、アイリスには今のレニは壊れそうなほどもろく感じた。
今日はレニの手を離しちゃいけない、アイリスはそう心の中で決心をした。


「あら、織姫。そんなに荷物を抱えてどうしたの?」
織姫が二人の着替えを持って風呂場に行こうとしたところで声がかけられた。
「かえでさん……。」
織姫が事情を話すと深い溜息をついた。
「そう、レニのことは気になっていたけどそこまで……。」
かえでは渋い顔で考え込みはじめた。
「レニも心配ですけど、レニの感情に引きこまれそうなアイリスも心配で〜す。」
暗い顔でうつむく織姫の肩にかえでが手をかけた。
「何か方法がないか探してみるわ。それまで二人のことお願いね。」
織姫がうなづくのを見るとかえでは支配人室の方へと足早に戻っていった。




朝、目を開けたレニの前には黄色いものがあった。
『ああ、そうか。』
離れないようレ二の腕を抱えて眠るアイリスを見て、昨夜のことを思い出していた。
「今日は絶対一緒に寝るの!」
お風呂から上がった後、そう言って自分の腕を離さなかったアイリスに根負けしてアイリスのベットで一緒に眠ったのだった。
最近よく眠れなかったのでそれを知られるのが嫌だったのだが、アイリスのお陰で夢も見ずぐっすりと眠れた。
人のぬくもりがどれだけ落ち着くのか、改めてわかった瞬間だった。
「ありがとう、アイリス。」
アイリスに向かって小さくつぶやくと、レニはそっとベットを抜け出し部屋を出た。

「あ、レニ。ちょうどよかったわ。」
アイリスの部屋の扉を閉めたところで、レニは声をかけられた。
かえではレニに駆け寄ると持っていた物を渡した。
「大神くんからの荷物よ。悪天候で着くのが遅れてさっき届いたのよ。」
「たいちょう…から。」
呆然と受け取ったレニにかえでは笑顔を向けた。
「自分の部屋でゆっくり見なさい、ね。」
レにはコクンと頷くと、促されるまま部屋へと戻っていった。


包装をとくと、リボンがかけられた小さな箱と手紙が入っていた。
『レニへ』と書かれた文字に胸がトクンと音を立てる。
自然と震える手をなだめながら何とか手紙を開けた。


 レニへ

誕生日までに帰れると思ってたけど、どうやら無理みたいだから先にプレゼントを送るよ。
巴里で買い求めたものだけど、気に入ってくれるといいのだが。
わがままだけどお祝いの言葉だけは自分の口で直接言いたいんだ。
だから俺が帰るまで待っててくれないか?
なるべく早く帰れるようにがんばるよ。
大神 


読み終えたとき、レニの目から自然と涙がこぼれ落ちていた。
「たいちょう。」
小箱を開けるとアクアマリンの輝きが目に入った。
手に取るとそれはアクアマリンがひとつ付いただけのシンプルなブレスレッドだとわかった。

「待ってる。待ってるから早く帰ってきて。」

レニはブレスレッドをぎゅっと胸に抱え込むと、窓の向こうにある空に向かってきれいな笑顔で微笑んだ。

2010年の誕生日小説です。
「聖夜」と対になってます。
さすがに10回目となるとラブラブネタは尽きてしまって、こんなのになってしまいました;
書ききれなかったのですが、結局大神さんが送った荷物も遅れてしまってかえでさんから頼まれた加山が受け取りに走ったという設定です。
うまい人ならこういう設定をきちんと生かせるんだろうなぁ〜と思う今日このごろ…


2010/12/24

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