はらはらと桜の花びらが散っていく。
ボクは桜の木下にあるベンチに座り込み、散りゆく桜をただ見ていた。
見に来るのが少し遅かったせいか、すでに半分くらいの花が散っていて風が吹くと花吹雪が見れた。
それを見たあの人は「遅くなってごめん。」と言ったけど、ボクはそんなことはぜんぜん気にならなかった。
なぜなら花びらと風のダンスは思わず吸い込まれてしまいそうなほどきれいで幻想的だったからだ。


ボクが最初に桜を見たのはいつだっただろう。
あれは……そう星組にいたころだ。
用事があってかえでさんの部屋に行ったときに飾ってあった。
「知り合いから一枝いただいたの、きれいでしょ?」
と言われたけどあのときのボクは何も感じなかった。
「桜………
 バラ科サクラ属の落葉高木または低木。
 北半球の温帯と暖帯に分布し二〇〜三〇種がある。
 春、葉に先立ちまたは同時に開花。
 花は淡紅色ないし白色の五弁花で、八重咲きのものもある。」
出てきた言葉はただそれだけ。
それを聞いたかえでさんはため息とともに苦笑していた。

日本に来て最初に見た桜はすでに葉桜だった。
アイリスがもう少し早く日本に来ていたら一緒に見れたのにと、織姫も日本になんか興味はないけど桜はすばらしかったと言っていた。
でもボクはどうでもいいと聞き流していた。

次に見た桜はつぼみだった。
あの人を誘ってお祭りに行った帰り道にその木はあった。
「レニは桜の花を見たことあるかい?」
「昔一度だけ、切り取られた枝に咲いてたものを見たことある。」
「じゃあ、満開に咲き誇っている桜は見たことないんだね。
 満開の桜はものすごくきれいだよ。
 このときばかりは日本に生まれてよかったと思う。」
「そう………なんだ。」
「桜が咲いたらまた一緒に見にこようか?」
「うん。」
このとき初めて、桜に興味を持った。あの人と一緒に桜を見たいと思った。
でも、その願いはすぐにはかなわなかった………

あの人が巴里に旅立ってしばらくした後、ボクはあの桜を一人で見に行った。
桜の花が今が盛りと咲き乱れ、周りにいる人たちも楽しそうにしていた。
でも、ボクには寂しく見えた。
あの人がいないだけですべての風景が寂しく見えた。
桜の花はきれいだけど、きれいな分だけ切なくなった………

「ああ、無情」の公演期間中、休演日を利用してみんなで上野公園で花見をした。
ボクたちがゆっくりくつろげるようにと紅白の幕が張られ、その中で宴会となった。
ボクはみんなにお酒を止められていたからジュースを飲んでいたけど、なぜか途中で記憶がなくなった。
後から聞いた話だけど、どうやらロベリアがボクのジュースにお酒を入れたらしい。
それからしばらくの間、巴里花組のメンバーから奇妙な視線を感じた。
記憶が空白となっているときに、ボクはいったい何をしていたんだろう?

千秋楽後の休日、今度はあの人と二人だけで桜を見に行った。
みんなでわいわい言いながら見るのもいいけど、二人でゆっくり見るのもいいなと思った。
そのとき、あの人はボクに指輪をくれた。
また演出か何かだろうと疑ったボクに、あの人は違うとボクと一緒に未来を作りたいと言ってくれた。
ボクはうれしくて涙が止まらなかった。


突然、花吹雪がボクの目の前を通り抜けていった。
閉じていた目を開けると少し離れた場所から一郎さんがボクを見ていた。
「どうしたの?」
動こうとしない一郎さんにボクが声をかけると、テレながらボクの隣に座った。
「花吹雪の中にいたレニがあんまりきれいだったから見とれてた。」
その言葉にボクは顔が赤くなっていくのを感じた。
「はい、レニ。熱いから気をつけて。」
ボクはお茶を受け取ると一口飲んだ。
お茶の温かさが体にしみこんでいく。
気がつかないうちに少し体が冷えていたみたいだ。
気をつけなくてはいけない時期なのに少し油断してたな。
そのときふとアルコールのにおいを感じた。
「一郎さんは何を飲んでるの?」
「甘酒だよ。においが気になるかい?」
「ううん、大丈夫。」
一郎さんはコップをベンチに置くと、そっとボクのお腹をなでた。
「来年はこの子を連れて見に来ような。
 今度は桜が散る前に見にこれるようがんばるから。」
一郎さんがこだわってるのを感じてボクは笑った。
「そんなこと気にしなくてもいいのに。
 散っていく桜もすごくきれいだよ。」
「じゃあ、満開のときと散るときと両方見にこよう。」
「そんなこと約束して大丈夫なの、支配人?」
「なんとかなるもんさ。」
そういいながらいたずらっぽく笑う一郎さんにボクはまた笑った。
桜は毎年変わらず咲くのに、見ているボクの気持ちはいつも違った。
来年はどんな気持ちでこの桜を見上げるのだろう。
そう思いながらボクは一郎さんの肩に頭を預けた。
これから梅雨だというのに思いっきり季節外れになっちゃいました(^^;
このSSは4が発売されたときに桜を見ながら考えていたものなんですが、その前に仕上げなきゃいけないSSがたくさんあって今の時期になってしまいました。
時期としては結婚して1年後ぐらいです。
2・3年前ぐらいに大阪城公園で綺麗な花吹雪を見まして、それがこのお話の元になってます

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