「確か、この辺に………。」
そういいながらレニは奥のほうにしまわれていたダンボールを引き出した。
ダンボールのふたを開け、おめあての本を見つけると取り出し懐かしそうに笑う。
「もう、1年になるんだ………。」
レニが取り出した本はチョコレートの本だった。
1年前、大神に手作りのチョコレートをあげたくてわざわざ買ってきた本。
パラパラとめくり、とあるページでふと止まる。
『プチ・ガナッシュ、懐かしいな………』
写真に載ってるほどは綺麗に出来なかったけど、思い出の詰まったチョコレート。
これを作るためになれない人ごみをぬけて材料を買いに行った。
みんなに見つからない時間を狙って厨房にこもった。
必死になって作ったこと、出来上がったときの達成感。
受け取ってもらえるかという不安、受け取ってもらえた時の喜び。
今ではその一つ一つが大切な思い出となっている。
『たった1年、でももうだいぶん昔に思える
あのときは一郎さんはまだモギリでボクは花組の女優で………
1年後には結婚して子供もお腹の中にいるなんて想像できなかった』
ボーン ボーン
時刻を知らせる時計の音が鳴り響く。
その音にレニはビクっと身体を揺らした。
『思い出に浸るために本を取り出したわけじゃなかったんだ』
気を取り直して、レニは本のページをめくった。
『今年は何を作ろうかな?』
クッキーにマフィン、トリュフにガナッシュ、ムースにケーキ。
ただチョコをかけたものから、混ぜ込んだもの、冷やし固めたり焼きこんだり。
ただ一口にチョコレートのお菓子といってもいろんなバリエーションがある。
なかなか決められずにいたとき、ふとレニの手が止まった。
去年は難しいからといちにもなく却下したもの。
これにはひとつの記憶があった。
すべてが思い出としてではなく記憶だった時代(むかし)
レニは少し考え込んだあと、分量をメモするために紙を取り出した。
「すご〜い、これレニがつくたの?」
「う、うん、そう。」
アイリスの言葉にレニが恥ずかしそうにうなづいた。
バレンタインデー当日、お茶の準備が出来たからとレニに誘われてきたサロンにはチョコレートケーキが用意されていた。
「みんな稽古で疲れてると思うから、甘いものがちょうどいいかなっと思って。
うまく出来てるかどうかは自信がないけど………。」
「ありがとう、レニ。アイリス、嬉しいよ。」
自信なさそうにうつむいてしまったレニに、アイリスは手を握ってお礼をいった。
そんなアイリスにレニは嬉しそうに微笑み返す。
「みんな、おまたせ。」
「遅くなってごめんなさい。」
そこへ大神とかえでがサロンにやって来た。
「お、来た来た。早く食べようぜ。」
カンナが待ちきれないとばかりに二人をせかす。
「あら、これはザッハトルテ?」
椅子に座ろうとしたかえでが目の前に置かれたケーキを見てそうつぶやいた。
「レニがみんなのために作ってくれたんだよ♪」
アイリスが嬉しそうに答える。
「ザッハトルテ。
1832年に作られたウィーンの代表的なお菓子。
考案したフランツ・ザッハ−からとって名前が付けられた。
濃厚な味のチョコレートケーキでアプリコットの酸味がアクセントとなっている。」
その言葉にかえではなんともいえない表情でレニを見た。
かえでの視線に気づいたレニはかえでに向かって笑いかける。
「あの時のボクは気づかなかったけど、今はすごく感謝してる。」
きょとんとしながらアイリスがレニにたずねた。
「なにかあったの?」
「星組時代にかえでさんがおいしいところを知ってるからって食べに連れて行ってくれたんだ。
その時食べたのがこのザッハトルテ。
あの時のボクはただ与えられたものを食べていただけだった。
栄養さえ取れたら味なんてどうでも良かった。
なぜかえでさんが連れて行ってくれたのかさえ考えなかった。」
「レニ……………。」
「でも今は違う、だからもう1度このケーキが食べたかった。
かえでさんと、みんなと一緒に食べたかったから作ったんだよ。
もっとも、ボクが作ったものだからあの時食べたものとは比べ物にはならないけどね。」
苦笑するレニの頭に大神がポンと手を置いた。
「じゃあ、食べようか。レニの思いがこもったケーキをさ。」
大神の一言でみんなケーキを食べ始めた。
みんなに笑顔でおいしいといわれてレニは嬉しさでいっぱいになった。
「かえでさんが女性でよかった………。」
その日の夜、屋根裏部屋にある自分達の部屋でくつろいでいた大神はぼそっとつぶやいた。
「どうしたの、なにをいまさらそんなこと?」
大神のいきなりな言葉にレニは思わず聞き返した。
「だって、レニはかえでさんのことを慕ってるだろ?
かえでさんが男だったら最大のライバルになってたと思うから。」
すねたような大神の言い方にレニはある疑問が浮かんだ。
「もしかしてかえでさんに嫉妬してるの?」
「ち、違うよ。」
図星を刺されて真っ赤になった大神にレニは笑った。
そんなレニの態度に大神はふてくされたようにそっぽ向く。
レニはそんな大神にもう一度笑った後、隣の部屋に行ってあるものを取ってきた。
「はい、一郎さん。これで機嫌直してくれる?」
目の前に差し出された箱に大神はとまどった。
「これは?」
「ボクからのバレンタインチョコレート。」
「え、だって昼間にみんなで食べたじゃないか。」
「ザッハトルテはみんなと食べたくて作ったチョコレート。
これは………。」
レニは恥ずかしそうにうつむいて、小さな声でいった。
「一郎さんだけのために作ったチョコレート。」
大神は嬉しそうにチョコを受け取るとぎゅっとレニを抱きしめた。
「ありがとう、レニ」
「一郎さんとかえでさん、どっちが大切かなんて決められない。
でも、こうやって抱きしめて欲しいのは一郎さんだけだよ。」
すべてを預けるようにもたれかかってくるレニに大神はさらなる愛しさを覚えたのだった。
この頃課題に追われていたので今年のバレンタインは何もなしだなぁ〜と思ってたんですが、ふとネタが浮かんだので書いてみました(笑)
今回のメインはかえでさん!のはずだったのですがなんだかアイリスにお株を奪われた状態になってるし、それに書く予定のなかった大神さんとのあまあままででてきてるし………
予定外な話になるのはいつものこととはいえ、なぜすぐあまあまな物を書いちゃうんでしょうね? そのせいで書いてる本人はのたうちまわってるというのに(爆) で、そうやってのたうちまくりながら書いてるくせに「このあとレニはチョコと一緒に大神さんに食べられちゃうんだろうな」とか思ってたり バカだ(笑)
ここでちょっと補足説明
お話的には『桜と共にある記憶』のちょっと前の話です
なのでレニは妊娠していて女優は引退しています
ときたま事務処理を手伝うぐらいであとはのんびりと暮らしているかなと
でも、生まれる子供のために出産・育児関連の本は読破してると思う(笑)
結婚後の二人の部屋は本文の中にも書いたけど屋根裏部屋の一角
これは4発売後に友達と話してて決めたもの
というか、「どこに住むと思う?」と私がいったら友達が「屋根裏部屋とかが広くていいと思う。」と返したので「あ、それいい!賛成♪」と飛びついてしまっただけだったり(爆)
大神家のネタはまだいろいろ考えてるのでこれからちょくちょく出していきたいと思ってます。
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