「公演が終わったら、一緒に遊びに行かないか?」
『あぁ、無情』の千秋楽をあさってに控えた昼下がり、ちょっと休憩をしようと自分の部屋に戻っていたボクに隊長がそう言った。
「それって、今日の公演が終わったあとのこと?」
「いや、千秋楽が終わったあとのことだよ。
翌日はたぶん巴里のみんなが帰るだろうから無理だと思うけど、
その次の日は予定もないしレニと一緒に出かけたいなと思って。」
「いいよ、ボクも特に予定がないし。」
1つの舞台が終わったらみんなで遊びに行く、それはいつものことなのでボクは何の疑問も思わず返事を返した。
「今回は何人でいくの?舞台が終わったあとだからみんなでいけるかな?」
ボクの返事に喜んだ顔を見せていた隊長は畳み掛けるように尋ねた言葉に困ったように鼻の頭をかいた。
「あの………さ、レニ。俺はレニと二人だけで行きたいのだけど………。」
「え?」
突然の言葉にボクは思わず聞き返してしまった。
「レニと…デートしたいんだ。」
隊長が顔を赤くしながら答えた。
ボクはデートという言葉に思わず反応して顔が熱くなっていくのを感じた。
「いいかな?」
「う、うん。」
「じゃあ、当日部屋まで迎えに行くから。舞台、がんばって!」
そういって隊長はボクの部屋から出ていった。
「デート」
その言葉にレニは嬉しいような、くすぐったいような気持ちを感じていた。
もちろん今までに何度も大神とふたりっきりで出かけたことはあった。
でも、はじめからデートしようと誘われたのはこれが初めてだったのだ。
まだ数日あるというのにレニの心はその日のことでいっぱいになる。
そのためレニはぼーっとベットに座り込んでいたが、いきなり立ち上がるとベットに自分の服を並べ始めた。
シャツにジャケット、それにズボンが数点ずつ。
レニらしくシンプルなものばかりだが、かわいいとは言い難かった。
しばらくそれらの服を目の前に考え込んだあと………
「スカート……買いに行こうかな?」
とても小さな声でぽそっとつぶやくとレニは出していた服をしまいこんだ。
次の日、レニは三越の中にある喫茶店で一人疲れきったように座り込んでいた。
大神のためにおしゃれをしてみようと思ったレニがデートのための服を買いにきていたのだ。
服のことはよくわからないから誰かについて来てもらおうかとも考えたが、恥ずかしさからなかなか言えずしかたなしに一人で来ていた。
目に付いた店舗に入り込んでは店員に話し掛けられそそくさと出て行く。
何回かそんな行為を繰り返し、こんなことじゃダメだと思ったレニは次に入った店舗で店員に話し掛けた。
ところがその話し掛けた店員はちょっと強引であれよこれよと服を持ってきてはレニに試着させた。
それから何とか逃げ出したレニは目に入った喫茶店で一息つくことを決めた。
「やっぱり誰かについてきてもらえばよかった………。」
ため息とともにそう思ったがすでにあとのまつり、夜公演の準備のために帰らなくてはいけない時間が迫っていた。
もう1度ため息をつくとレニは重い足取りのまま喫茶店を出た。
一階まで降りたとき、ふと1枚のポスタァが目に入った。
−真珠のきらめきを唇に そのきらめきがあなたを輝かせる−
思わず立ち止まってしまったレニに店員がすかさず話し掛ける。
「巴里でも発売されたばかりの最新のものなんですよ。」
巴里という言葉にレニが振り向くとそこには赤とピンクの2色の口紅が並んでいた。
「いかがですか?真珠の輝きが肌色を明るく見せるので塗るだけで印象が変わりますよ。」
その言葉で考え込んだレニに店員はそれ以上何も言わずただレニの反応を待った。
「……………ピンクのを………ください。」
デート当日、レニは朝からずっと自分の部屋で口紅を見つめていた。
買ってはみたもののいざつけるとなると不安になったのだ。
ボクにこの口紅は似合うのだろうか?隊長はなんていってくれるのだろうか?
そういうことばかりがレニの頭の中をぐるぐると回っている。
コンコンッ!
扉を叩く音と共に大神の声が聞こえ、ふと時計を見るとすでに約束の時間となっていた。
「い、いま行くよ!」
レニはあわてて用意していた荷物をつかみ部屋を出た。
「さあ、行こうか!」
差し出された大神の手に自分の手を重ねようとしてレニは口紅を握ったままだったことに気がついた。
「あれ、それは?」
レニと同時に握っているものに気がついた大神が尋ねてきた。
「く、くちべに………。」
レニは小さくつぶやいたあと、真っ赤になってうつむいた。
大神はレニの方に手を置くとレニの耳元でささやいた。
「つけてみて、くれるかい?」
レニはその言葉にはっと大神を見上げ、小さくうなずいた。
鏡があるからと楽屋に行き、レニは口紅のふたを開けた。
大神に後ろからじっと見られているのは恥ずかしくて、でもきれいになる瞬間を見て欲しくて慎重に口紅をのせていく。
「ねぇ、隊長……。おかしくない?」
レニが恐る恐る出した言葉に大神はほめ言葉を返す。
期待していた言葉をもらえたレニはまいあがり、その勢いのまま大神の頬に口付けた。
いまの自分の気持ちを少しでも大神に伝えたくて………
それからのふたりは少しギクシャクしながら歩いていた。
レニは自分がしたことに恥ずかしがり、大神はとある理由で気負っていたからだ。
でもそれは当人たちにとってであり、端から見てると勝手にやっててくれというほどのアツアツぶりだったのだが……。
「レニ、ほら見てごらんよ。」
恥ずかしさのあまりずっと下を向いたままただ大神の後を歩いていたレニは大神の言葉に上を見上げた。
「うわぁ。」
そこにはいまが盛りと咲き誇っている枝垂桜があった。
レニは思わず感嘆の声をあげ桜に見とれる。
大神も思ったとおりの反応を見て満足そうに微笑んでる。
「ありがとう、隊長。わざわざこの桜を見せるためにボクを誘ってくれたんだね。」
しばらく桜に見とれた後、レニは嬉しそうに大神にお礼を言った。
「それもあるけど……………。」
「…………?」
「レニ………」
いきなり真剣な表情で大神に見つめられレニの胸がドキンと音を立てた。
「これを……受け取ってくれないか?」
そういうと大神はきれいにラッピングされた小さな箱を差し出した。
「なに?」
首を傾げて尋ねるレニに、大神は開けてみてくれと頼んだ。
いわれて開けた箱の中には指輪が輝いていた。
「俺と………結婚して欲しい。」
その言葉でレニの中に相反する二つの気持ちが生まれた。
素直に嬉しいと思う気持ちと、そんな言葉に期待してはダメだという気持ち。
ついこの間、結婚という言葉に過剰に期待をかけたためにショックを受けたことが尾を引いていた。
「これは………今度の舞台の演出の参考なの?」
レニは自分の声が妙に冷たく聞こえるのを感じた。
「ちがう!!!」
思わず大神は大声で怒鳴った。
あまりのいきおいに驚いたレニを見て、大神は我を取り戻した。
「………ごめん、レニが疑うのも無理もないよな。
………あのときの俺は考え無しにみんなが勘違いしてしまうような言葉を言ってしまったんだから。
正直言ってあの時は俺自身、まったく結婚のことなんか考えてなかった。」
−まったく考えてなかった−
その言葉にレニはチクっと胸が痛んだ。
「結婚なんてもっと遠い先の未来のことだと思ってた。
でも『あぁ、無情』の初日の日の夜、結婚を考えたらどうだって米田支配人に言われたんだ。
その言葉を聞いたとき浮かんだのはレニだった、レニしか考えられなかった。
レニと一緒に未来を作っていきたいと思ったんだ。」
レニは目が潤んで胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「………ボクで……いいの?」
半泣きのような声で尋ねるレニ、そんなレニに大神はやさしく笑いかけた。
「いっただろ?レニしか考えられなかったって。」
「たいちょう……………。」
レニは大神の胸に飛び込み泣き始める。
大神はそんなレニを抱きとめ、優しく頭をなでる。
「レニ、返事は?」
レニはその言葉に大神を見上げた。
「ボクも……隊長と一緒に未来を作りたい。隊長と一緒に……未来への道を歩いていきたい。」
「ありがとう。」
大神は嬉しそうにレニをぎゅっと抱きしめたあと、レニの指に指輪をはめた。
約束の証をもらったレニは涙でくしゃくしゃになっていたけど今まで出一番いい顔で笑った。
ということで、約1年かかってレニEDSS完成です!(爆)
4以降のSSのほとんどがこれを元にしてるというのに肝心のこれが仕上がらないという始末。このあとにすみれのSSが1本、レニのSSが1本、大神のSSが1本とあってそのあとでやっと「星誕祭」で出したSSにつながるというのに…
すみれと大神のSSはいくら遅くなろうとも絶対書くつもりです。レニのはかなり微妙……
今回二人が見た枝垂桜は京都にある円山公園の枝垂桜をイメージしてます。この枝垂桜は本当にきれいですよ〜、思わず感嘆の声をあげてしまうぐらい♪SSの中としては隅田川沿いのどこかと思っています。帝都のことは詳しくないので実際に枝垂桜があるかどうかは知りませんが、隅田川沿いにはいっぱい桜が咲いてるみたいなのでこの辺が適当かと(笑)大神さんにはスーツでビシッ!と決めて欲しかったんですけど、EDの大神さんはモギリ服を着てるので仕方なくそのまま……大事なときぐらい決めたいよね〜。
レニが服をかいに三越にいってるとき、大神さんは大神さんで指輪を買いにいってます。前日、かえでさんにからかわれながらも何とかレニの指のサイズを聞きだすが、いざショーケースの前に行くと種類がいっぱいあってで悩みこんでなかなか決まらない(笑)これもSSの中に入れるつもりでしたけど………結果は見てのごとくです。どうもうまくかけなくて……。
次はすみれSSになる予定です(予定は未定(笑))
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