・太正16年12月1日
この頃体の調子が良くない。
ちょっとしたことでだるくなるし、突然気分が悪くなることもある。
思い当たることは唯一つ、一郎さんに話すのはきちんと確かめてからにした方が良いだろう。


・太正16年12月2日
この頃レニの調子が悪そうだ。
顔色が悪いし、時々だるそうにしている。
休んではどうかと言ったけど「公演前の忙しい時期に休めない」と言われてしまった。
レニが倒れてしまわないように、俺が気をつけないと…。


・太正16年12月6日
やっぱり赤ちゃんが出来ていた。
血の繋がった家族が出来るのがすごく嬉しい。
一抹の不安もあったけど、一郎さんがすごく喜んでくれたからどこかに消えてしまった。


・太正16年12月6日
子供が出来た!
男の子だろうか、女の子だろうか?
今から楽しみだ。
でも喜んだのもつかの間、皆に余計なことまでばれてしまった。
視線が痛い…。


・太正16年12月12日
いろいろ話し合った結果、ボクはこのクリスマス公演を最後に引退することに決めた。
舞台を降りるのは少し寂しいけど、今はこの子を大切にしたい。


・太正16年12月15日
この頃みんなとの稽古が終わっても一人残って稽古をしてるレニをよく見かける。
身体のこともあるし、あまり無理しないようにと言っても
「負担にならない程度にしてるから大丈夫、少しでもいい舞台にしたいんだ。」
といって聞かない。
レニは本当に舞台が好きだ、それをこの頃よく感じる。
レニは精神的にも肉体的にも今が一番輝けるときだろう。
それを俺のわがままで家庭へと閉じ込めてしまったのではないか?
米田さんの言葉があったにせよ、結婚するのはもっと後でも良かったんじゃないのか?
不安が消えない…。


・太正16年12月16日
家庭に縛られる、一郎さんがそんなことを考えていたなんて知らなかった。
ボクは結婚したことに不満も後悔もない。
一郎さんのために何かするのは楽しいし、血の繋がった子供が出来たのはすごく嬉しい。
ボクが今どれだけ幸せなのかをちゃんと伝えられたのだろうか?


・太正16年12月24日
レニの最後の舞台、クリスマス公演が今終わった。
カーテンコールも終わり皆が舞台袖にはけてくる中、レニはその場に立ち続け静かに目を閉じた。
俺は何も言えずただレニを見つめていた。
しばらくして目をあけたレニは俺を見て幸せそうに笑った。
それだけで俺も幸せな気分になる。
これが答えなんだと納得した。


・太正17年元旦
年が明けた。
今年は二人で一郎さんの実家に帰る予定だったけど、子供が出来たので取りやめになった。
帝撃に配属されてから一郎さんは正月に一度も家に帰ってないと言ってたから、今年こそは帰ってもらおうと思っていたのに…。
お義父さんとお義母さんに申し訳なく思う。
正月休でみんながいなくなった帝劇は、なんだか寒々しい印象を受ける。
でもこのところ一郎さんと二人っきりでいられることがなかったから、少し嬉しい…。


・太正17年1月3日
双葉姉さんが帝劇にやってきた。
どうやら実家からの帰りに様子を見にきたらしい。
ちょうど夕食を食べていたときで、そこにあったレニの手作りケーキを見て驚いていた。
俺も帝劇にきて初めて生まれた日を祝うことを知ったから姉さんがなぜ驚いたのかすぐわかったけど、レニはわからなかったらしい。
あとで「ボクがケーキを作るのって、そんなに変かな?」と聞いてきたレニがかわいかった。


・太正17年2月4日
バレンタインデーが近づいてきたので、去年買ったチョコレートの本を引っ張り出してきた。
懐かしさに思わず目的を忘れて見入ってしまった。
今年は時間があるからみんなの分も作ろう。
休憩時間に用意したらみんな喜んでくれるかな?


・太正17年2月14日
昼間にみんなとケーキを食べたので今年のバレンタインはそれで終わりだと思っていたが、レニは俺の分を別に用意していてくれた。
かえでさんのことで少し嫉妬していた俺は、そのことがかなり嬉しかった。
そのあとのレニの行動もかわいかった。
チョコレートで飾られたレニはすごく美味しかった。


・太正17年3月3日
桃の節句、ひな祭り。
今年も雛人形が飾られパーティーが開かれた。
甘酒の匂いが少し鼻についたけど、楽しかった。
ふと外を見るとつぼみが膨らんできた桜の木を見つけた。
あれからもう1年が過ぎようとしてるのだと思うと、なんだか感慨深い。


・太正17年4月2日
レニがお花見に行きたいと行ったので一緒にまたあの桜を見に行こうと約束した。
約束したのだが…仕事がかなり忙しい。
春公演は終わったので帝劇の仕事はそれほどでもないが、帝撃関係の仕事が山積みだ。
ほんとに約束が果たせるのだろうか…?


・太正17年4月13日
一郎さんの休みが取れたので、二人だけで桜を見に行った。
少し時期が遅かったらしく半分ぐらい花は散っていたけど、そのかわり綺麗な花吹雪が見れた。
一郎さんは満開の時期を逃したのが悔しかったらしく、来年こそはとムキになっていた。
なんだかかわいい。


・太正17年5月10日
気持ちのいい季節になってきた。
この頃、天気のいい日はよくレニが中庭で日向ぼっこをしている。
俺は手の空いたときにレニの所へ行ってお腹に耳を当てる。
赤ちゃんが動くのはまだ先だよと言うが、恥ずかしそうにしているレニがかわいいのでついついやってしまう。


・太正17年6月6日
梅雨に入りしとしとと雨が降り続く。
ボクは雨が嫌いじゃない、どちらかといえば好きかもしれない。
拍手のように聞こえる強い雨とか、すべてを優しく包み込むような細かい雨とか。
初めて一郎さんの腕に包まれて眠ったときも強い雨がふっていた。
これから先もたぶんボクは雨が嫌いになれないだろう…。


・太正17年7月11日
出産予定日が近づいてきた。
思った以上にレニのお腹は大きくならず、検診のために病院に行くたびに暗い顔をして帰ってくる。
検診では何の異常も見つからないが、レニは不安で仕方ないみたいだ。
俺の中にも不安はある。
たとえどんな結果が待ってようと受け止める覚悟はある。
だが、今のレニに何をいったらいいのかはわからない…。


・太正17年7月27日
まだ生まれてこないボクの赤ちゃん。
ボクのせいなの?
ボクのせいなの?
ボクのせいなの?
ボクには新しい命をはぐくむ資格がないの?
お願い、生まれてきて………


・太正17年7月29日
朝日が昇ると同時に子供が生まれた。
長い時間苦しんでいたレニは弱りきっていたけど幸せそうに微笑んでいた。
レニに何度ありがとうを言っても足りないぐらいだ。
ほんとは1日中そばにいてあげたかったが今日は舞台の初日。
「支配人が劇場を開けないと始まらない。」とレニに追い返されてしまった。
レニがあれだけがんばったんだ、俺もがんばって仕事をしよう!


・太正17年8月1日
息子の名前は狼を志すと書いて「志狼」
名前を考えたのは一郎さん。
狼は実はとても愛情深い生き物で、死が別つまで離れたりしないらしい。
一般的にいわれる凶暴さは愛するものを守るためのもの。
一郎さんは狼のように愛情深く強い人に育って欲しいといっていた。
そう、男の子だもの。
自分の手で大切な人たちを守れるような強い人なって欲しい。
あなたのお父さんのように…ね。

今まで書いてきたSSの取りこぼしてきた分をまとめて日記風にまとめてみました。こうやって見るとずいぶんと考えてたものが書けてなかったんだなと思ったり(苦笑) そして日記風にするのって案外難しいんだなとも。会話を会話としてかけないのがなんとも…。

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