暗闇の中、透き通った歌声がかすかに響き渡る。
切なく淋しげな歌声は、聞く者の心を揺さぶるような力を持っていた。
だがこの部屋にはそれを聞く者はいない。
だからこそ彼女は自分の心の赴くまま、歌に心を乗せていた。
それを止めたのは、開く扉の音だった。
慎重に開けられたためその音はかすかだったが、それを聞き逃す彼女ではなかった。
慌てて取り繕うとしたが、時は遅く彼女はその場で後ろから抱きしめられた。


「今のは『イカルスの星』だよね。どうしたんだい?」
その声は悩みがあるのならちゃんと話して欲しいと言外に語っていた。
だからレニはいたずらに心配をかけてしまったことを後悔した。
お風呂に入りに行ったから、まだしばらくは帰ってこないと思っていたのだ。
「悩みがあるわけじゃないよ、ただ……。」
「ただ?」
どういう風に言ったらいいのか悩み少し言葉を止めると、大神がさらにぎゅっとレニを抱きしめた。
「………昔を思い出してただけ。」
そう言ってレニは窓の外を見上げた。
電気が消された部屋の中からは夜空の星が綺麗に見えていた。
だが秋の空には明るく輝く1等星が少なく、夜空を飾る星々も少し淋しげに見えた。
今度は大神が言葉に迷ってると、レニがまわされた腕に手をかけた。

「この曲、帝劇に来たばかりの頃にボクの持ち歌として作られた曲でしょ。」
「ああ。」
レニが帝劇に来て少したった頃、慰問としてとある施設でミニライブが行われた。
まだ日本語で歌えるのがなかったレニにと作られた曲だった。
「イカルスという星は6年前にドイツで発見された地球近傍小惑星。
 水星よりも太陽に近づくという特徴のために、ギリシャ神話のイカロスから付けられた名前だ。
 イカロスは父親から忠告されたにもかかわらず太陽に近づき、ロウで作った羽が溶け落ちて死んだ愚か者。
 なぜそんな曲名がつけられたのか、ずっと疑問に思ってたんだ。」
レニはいったん言葉を止めると、そのまま大神へともたれかかった。
「歌詞はあの時のボクをすごくよく現していると思ってた。
 自分自身ですらよくわかってなかった心を。
 でも曲名はわからなくて、ただイカロスの翼にかけただけかな?と思ってたんだ。
 そしたらこの前、作詞家と偶然話す機会を得てそれが違うってわかった。
 隊長は『勇気一つを友にして』という曲を知ってる?」
レニが大神を見上げて考え込む大神の顔を見た。
「確か以前ラジヲから流れてたのを聴いたような……。」
なんとなく聴いていただけだったので、特に大神の中に曲の印象は残ってなかった。
「ボクも最近知ったんだけど、イカロスを勇気を持って空に飛び立っていった少年、という風に歌われてた。
 ギリシャ神話を知らない人間には勘違いをさせてしまうような内容だった。
 実際作詞家もギリシャ神話を知らなくて、この曲を元にイカルスの星を作ったらしい。」
「それはまた………。」
さすがに大神もなんとも言えなくて、苦笑した。
「…このイカロスのように、勇気を持って自分を変えて欲しいって。」
そっと付け足された言葉に、大神ははっとなった。
「こんなところにもボクを心配してみてくれていた人がいたことを知って嬉しかった。」
レニは大神の方を向き、ニッコリと笑った。
「だからこそ、今ならもっと心を込めて歌えるのじゃないかと思って歌ってたんだ。
 隊長に心配をかけるつもりはなかったけど。」
思わず苦笑いしたレニの頭を大神が優しく撫でた。
「もう1度歌ってくれないか?
 最初からきちんと聞いてみたい。」
「うん。」

再び響き渡った歌声はやはり切なさを伴っている。
でもそれだけではない、救いもある歌声となっていた。


めちゃくちゃな捏造話;
自分が感じた疑問に無理やり答えをくっつけました(爆)
イカルスの小惑星が発見されたのが1949年、「勇気一つを友にして」はみんなのうたで初めて流れたのが1975年です。
何でもありの太正時代なので、まあいっかなぁ〜とw
「勇気一つを友にして」を始めて聞いたのが中学の時。
ギリシャ神話は好きですでにイカロスの話も知ってたので、なんだこの歌は???とかなり疑問符が飛びました。
ただ歌だけ聴くといい曲なんですけどねぇ〜(苦笑)

ちなみにこの話は結婚後から妊娠発覚までの間となります。
書かないと分からないかなと思ったので念のため。

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