ここは海の底にある青玉殿。
公子と陸の女子の心が通い合い陸に竜胆(りんどう)と撫子(なでしこ)の花が咲いたころ、一人の男が青玉殿にたどり着いたのでした。
「黒潮騎士団長がおみえになりました。」
お輿入れを祝う酒宴の席の中、ひとつの声が広間に響き渡った。
一瞬水を打ったようにざわめきが静まったあと、そこらかしこで囁き合うような声が聞こえた。
その雰囲気に輿入れしたばかりの美女は不安になった。
「これはいったい………?」
「黒潮騎士団長がお見えになられたのなら、こうなるのもいたし方ありませんわ。」
つぶやくように言った美女の言葉に答えたのは、そばに控えていた女房だった。
「黒潮騎士団長?」
海に来て間もない美女は疑問の声をもって女房に尋ねた。
「海では黒潮騎士団という5つの部隊からなる騎士団がございます。
騎士団長とはその騎士団の全てを指揮していらっしゃる方のことですわ。
今の騎士団長は若様からの信頼も厚く見目もよいので、
お腰元衆のあこがれの的となっておられるのです。」
そうこうしてるうちに件の男性が広間に現れた。
黒くとがった髪に精悍な顔つき、鎧をつけていてもわかる引き締まった身体。
颯爽と歩く姿をみて美女は女房の言うことを理解した。
「アイン、よく来た!」
騎士団長が公子の元へ行く前に公子自身が椅子から立ち上がり、騎士団長のもとへと行き肩に手をかけた。
だが騎士団長は一礼して一歩下がると膝をつき祝いの言葉を述べ始めた。
「若様、このたびの儀まことにおめでとうございます。
お父君からこのたびの儀の祝いの品々をお預かりしてまいりました。」
その態度に公子は少しつまらなさそうな態度を示したが、気を取り直したように言葉を続けた。
「そうか、ごくろうであった。あとの事は僧都に任せよう。
よいか、爺い?」
「はい、若様。」
僧都は一礼をすると広間から去っていった。
それを見送ると公子は美女を手元に招く。
「貴方、黒潮騎士団長のアインです。私が一番信頼している者なんです。」
アインは美女の前に跪き頭をたれた。
「お初にお目にかかります、若奥様。黒潮騎士団、団長のアインと申します。」
それを見た美女は慌てて言葉を返した。
「これからよろしくお願いします。」
「どうだ、アイン。我が姫は美しいであろう?」
「はい、さすがは若様が望まれたほどの方ですね。」
アインの言葉に公子は満足そうに笑った。
その一方でアインの言葉に胸を痛めたものもそこにはいた………。
「私も妻を迎えたことだし、そなたもそろそろ身を固めてはどうだ?」
アインが青玉殿に到着してから一刻ほどたった。
公子は美女とアインと共にたわいのない話をしていたが突然そんなことをいいだした。
話している相手は二人だがもちろんそこには女房やお腰元衆、警備をしている黒潮騎士団もいた。
特にお腰元衆の一部はアインの次の言葉を固唾を飲んで見守った。
「私もそうしたい気持ちはあるのですが………。」
アインはそんなお腰元衆の視線の意味にも気づかず、ただ一点を見つめていた。
「いとしい女性がなかなか首を縦に振ってくれないので、いったいいつになるのやら見当もつきません。」
「だっ、だ、団長!!」
見つめられた女性、黒潮騎士団の隊長であるレニは真っ赤になり慌てふためいた。
「そなた達、そういう関係だったのか…。」
公子は二人を交合に見て驚いたようにつぶやいた。広間にもざわめきが広がる。
確かに立場上一緒にいることが多いが、誰もそういう関係だとは思いつきもしなかったからだ。
「しかしレニ、なぜアインの想いに答えない?
レニももう身を固めても不思議ではない年齢であろう??」
気を取り直した公子がレニに問い掛けたが、レニは顔を真っ赤にしたままうつむき一言も話さない。
「若様、みなの前でそういうことをお聞きになるのは無粋でございますわ。」
それを見かねた女房がさりげなくフォローを入れた。
「ん、そうか…。わかった、もう何も聞くまい。
しかしアイン、結婚が決まったらすぐにでも教えてくれよ。」
「はい、それはもちろんでございます。」
その言葉を機に話題は別のことに移っていったが、みんなの心からこのことが消えることなかった。
「しかし、隊長と団長がそういう関係だったとはなぁ〜」
「俺ぜんぜん気づかなかったよ。」
「僕は隊長が女性だったということをすっかり忘れてました。」
勤務時間が終わり次の者への引継ぎが済んだ騎士たちが部屋に戻るのもおしいとばかりに廊下で話し込んでいた。
「お前、忘れていたのか?」
「だって隊長は頭が切れて強くて、騎士の中の騎士って感じですから。」
「確かに、隊長だからこそ俺達はここまでついてきたからな。」
「うんうん。」
「ところでいまさらなんですけど、どうして隊長は女性なのに騎士になれたんですか?」
「へ?」
「知らなかったのか? 当時あれほどうわさになったのに。」
「僕はまだ小さかったのでよく知らないんですよ。」
「ああ、そうか。」
「隊長の家は代々騎士の家系なんだ。歴代の騎士団長の半分は出身だったいう名門のな。
だが隊長の代には女性である隊長しか生まれなかった。
そのことでいろいろ思うことがあられたんだろうな。
隊長は『なぜ女だと騎士になれない?この家に生まれたからには私にだって素質はあるはずだ!』
といって騎士の道を歩き始められたんだ。」
「隊長も大変だったんですね。」
「そりゃ男性の中に一人で入ってきたんだ。苦労がないはずはないじゃないか。」
「それもそうですね。でもその中で隊長になられたのはすごいです。」
「隊長は団長がまだ我らが第一部隊の隊長であられる頃から副隊長として手腕を発揮なされていたからな。」
「考えてみれば、その頃から付き合いがあってもおかしくないな。」
「息があってらっしゃいますよね。」
「副隊長といえば、カナタ副隊長はどうなさるのだろうか?」
「副隊長? 何でここで副隊長の名前が出てくるんだ?」
「気づいてなかったのか副隊長は隊長のこと………。」
はと気がつくと間近に女房がいて話していた騎士はそのまま固まった。
「騎士の方々、お廊下でそういうお話をなさるのはおやめくださいまし。」
「も、申し訳ございません、女房様。」
騎士たちは慌てて謝るとそそくさとその場を去っていった。
女房は長いため息をつくと再び歩き始めた。
彼女はひたすらレニの心配をしていた。
公衆の前面であのように言われてしまったレニの心はいかほどかと…。
あまり知られていないのだが女房とレニは母親同士が姉妹の従姉妹。
仲もよく、お互いに本音を話せる相手なので女房の心配は募るいっぽうだった。
いつのまにか広間から姿を消していたレニを今すぐにでも探したいのだが、自分にも女房としての仕事があるので行けずいらだってもいた。
ある曲がり角を曲がったところで突然レニの声が聞こえてきた。
はっと声の聞こえた方へ目を向けると柱のそばにレニがいた。
「どうして、どうしてあんなことを若様に言ったんです!」
いつものレニからは信じられないほど、興奮した様子で話していた。
「どうしてって、レニが青玉殿にくる前に結婚を申し込んだだろ?」
女房の位置からは相手は柱の陰に隠れて見えなかったが、声でアインだとわかった。
「だって、あれはっ!」
レニはアインに言い返そうとしたがそこで女房の存在に気づき、慌てて身をひる返し走り去った。
「レニ!? いったいどうし…。」
レニの突然の行動に驚いてアインは追いかけようとしたが、そこで女房の存在に気づき立ち止まってしまった。
気まずい雰囲気がその場を支配する。
女房はレニのことに関してアインに言いたいことはいっぱいあったが、ぐっとこらえて一礼をした後その場を去った。
「なぜ貴方は騎士団長からの求婚を受けないのですの?」
その日の夜遅く、やっと仕事を終えた女房はレニの部屋へと尋ねていた。
レニは部屋の中には入れてくれたが、ベットの上に座り込みずっと黙り込んだままだった。
「貴方が騎士団長を慕っていることは前から気づいてましたわ、それなのに…。」
「………からかわれているから。」
「え?」
「団長はボクをからかって遊んでいるだけなんだ。だからまじめに答えても意味がない。」
無表情に淡々と答えるレニに女房の不安は大きくなった。
「からかっているだなんて、騎士団長がそういうことをする方ではないと貴方が一番よく知ってますでしょ?
それに騎士団長が貴方のことを好いてらっしゃるのははたから見てもわかり………」
「どうして!!!」
レニは突然大声をだすと立ち上がり女房をキッとにらみつけた。
「どうしてそんなことがすみれに分かるの!
ボクは団長から1度も好きだといわれたことないのに!!」
「レニ………」
レニの突然の変貌に女房は呆然とした。
「確かに抱きしめられたことは何度もあった、時にはキスをされたことも。
でも、団長は1度も、1度だってボクに好きだなんて言ってはくれなかった!」
レニは力が抜けたようにベットに座り込んだ。
「……………ボクには女性としての魅力なんてない。
団長に好きになってもらえる自信なんて少しもない。
団長を好きな女性はたくさんいる、その中には魅力的な方もたくさんいる。
だからボクなんて、ボクなんて…………。」
レニは途中から泣き出していた。
今までのアインの行動、言ってもらえない一言、自信のもてない自分。
そのことがずっとレニの中でぐるぐると回っていた。
その想いをすべて吐き出したレニはただひたすら泣いていた。
「ごめんなさい、レニ。
貴方がそんな想いを抱えていたなんて………。」
レニの想いを知った女房は言葉もなく涙を流し続けるレニをただ抱きしめることしかできなかった。
「少しお話してよろしいでしょうか?」
次の日、女房はアインを呼び出した。
「こんなことを聞くのは不躾だとは思いますが、あえてお聞きいたします。
貴方様はレニのことを本気で愛していらっしゃいますか?」
いきなりの女房の質問にアインは驚き、女房を見つめた。
「女房殿に答える義務はないと思いますが?」
冗談や興味本位で聞いてるわけじゃないとわかったが、だからといって言えるわけでもない。
「………確かにそんな義務はございませんわ。
でも、もし貴方様が本気でレニを愛していらっしゃるのでしたらそのことをレニに言ってあげてくださいまし。
レニは貴方様のその一言をずっと待っているのです。」
「女房殿………。」
「レニは不安なのですわ。
貴方様が気持ちをおっしゃってくれないので信じたくても信じられないのです
あの子は家のためにしなくてもいい苦労をずっとしてまいりましたわ。
だからこそ、女性としての幸せをつかんで欲しいのです。」
女房が願うのはただレニの幸せ。
それがアインに通じたのかアインはうなづいた。
「女房殿の気持ちはわかりました。
私はどうやら少々思い上がっていたようです。
レニはいつも私の思っていることを読み取り、補佐してくれました。
だから私の気持ちも言わなくてもレニに通じているのだと、勝手に思い込んでいました。
そのことがレニを不安に追い込んでいたなんて………。」
「レニのこと、よろしくお願いします。」
女房はアインに向かって深々と頭を下げた。そしてアインはそれに答えた。
この日は公子と美女の婚礼の日でもあった。
海に住むもの全てがこの婚礼を喜び祝った。
アインはレニが手すきになったのを見極めてそっと連れ出した。
「なに、団長? 警備のことがあるからあんまり離れていられないのだけど。」
レニは昨日のことに触れられたくなくて警備を理由に逃げようとしていた。
そのことに気づいたアインはレニの肩をつかみ、目を覗き込んだ。
「レニ、聞いてくれ。
俺は今までずいぶんと君に甘えていたようだ。
レニはいつも俺の気持ちを読み取って行動してくれるから、俺の気持ちも言わなくても通じてると勝手に思い込んでいた。
でもそのことで君を不安にさせていたなんて………、女房殿に言われて始めて気がついたよ。」
「すみれに言われて?」
アインは首を傾げてるレニをみて苦笑するとレニから手を離した。
そして息を吸い込み覚悟を決める。
「レニ、好きだ。一人の女性として君を愛している。」
レニは突然の言葉にしばし呆然とした。
そしていつのまにか目に涙が溜まり頬を流れていった。
「レ、レニ!?」
ぽろぽろと涙を流すレニにアインは慌てた。
「今の言葉、嘘じゃないよね。ボク、信じていいんだよね。」
半信半疑で問い掛けるレニに、アインは力強く答えた。
「ああ、もちろんだ。」
その言葉を聞いたとたん、レニはアインに抱きついた。
そしてしばらくアインの腕の中でレニは泣き続けた。
そんなレニを抱きしめながらアインは再びレニに問い掛けた。
「もう一度改めて言うよ。レニ、俺と結婚してくれ。」
「うん、結婚する。」
レニは涙でぐちゃぐちゃの顔をあげて、とびっきりの笑顔で答えた。
「ボク、団長と結婚するよ。」
アインはその答えに破顔し、レニのあごに手を添えた。
レニは近づいてくるアインの顔を目に焼き付けてからそっと瞳を閉じた。
海神別荘で大神さんの役があるとしたらどんなんだっただろうなと思って無理やりこじつけてみました(笑) 作品の中にある「海の中の独特の価値観」がいまいちつかめなくてかなり苦労した記憶あります。
アラバラ以降歌謡ショウに絡んだSSを一通り考えてはいるのですが、公開できてるのは今のところこれだけ。アラバラのものなんかはいい加減仕上げたいのですが、1箇所どうしてもつまってしまってなかなか出来ないです(T−T)
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