「レニ、ここにいたのか………。」
舞台の上、台本を片手にレニが稽古をしているところへ大神がやってきた。
仕事を終え自分の部屋に帰ってみるとレニがいなかったのでここにいるのだろうと思いやってきたのだった。
「一郎さん………。」
大神が支配人となってから数ヶ月がたった。
なれないながらもみんなに支えられなんとかこなし、秋にはレニと結婚もし幸せの真っ只中とも言えた。
今はクリスマス公演を間近に控え、一丸となって舞台を作ってる。
しかしそのなかでレニ一人が不調だった。
みんながレニを心配をしたが理由がわかると大神をからかいはじめた、ようするに子供ができたからだ。
話し合った結果レニはこの公演を最後に引退することを決め、花組のみんなもレニを助け順調に準備は進んでいた。
だた、レニはすぐ無理をしてしまうきらいがあるので大神はいつも以上にレニに気を配っていた。
「夜の舞台は寒い、身体に障るからもう部屋に戻ろう。」
「でも………。」
大神は優しく話し掛けるがレニの反応は悪い。
「ほら、もう手がこんなに冷たい。」
大神はレニの手をとり自分の頬に当てた。
「レニの身体が心配なんだ。
簡単な稽古なら部屋でできるだろ?
俺も付き合うから部屋に戻ってくれないか?」
「………了解。」
レニは仕方ないという風にうなづいた。
「レニは本当に舞台が好きなんだな。」
部屋に戻った後、身体の冷えたレニのために大神はホットミルクを作って渡した。
自分が思っていたより身体が冷えていたのにびっくりしつつもレニはミルクから昇る湯気に顔を緩ませた。
「そうだね。
はじめは任務だからと思ってやっていたけど
今では人々に夢を与えるこの仕事がボクは好きだよ。
特に今度の舞台は今まで以上に最高の舞台にしたいんだ。」
これが最後の舞台だから
大神はレニの言葉にならない言葉を聞いたような気がした。
そしてずいぶんためらったあとに声を出した。
「レニは………
俺と結婚して子供ができたことを後悔してないか?」
思っても見なかった質問にレニは目を丸くする。
「どうしてそんな質問をするの?
………もしかして一郎さんはボクと結婚したことを後悔してるの?」
今までやわらかく微笑んでいたレニの顔に不安の影が落ちる。
「違う、俺はレニと結婚したことは1度も後悔していない!」
「ならどうして?」
「俺はレニが今一番輝ける年齢だと思ってる。
自分が好きなこと、やりたいことに夢中になり大きくなれる時期だと。
それなのに子供ができたために満足に稽古ができない、
この公演を最後に舞台を降りなくてはならない。」
「そんなこと……………。」
「俺は待てたんだ。
レニさえそばにいてくれたら何年だって待ていられたんだ。
それなのに俺は………。」
両手を組み、それに額をつけて懺悔するようにしゃべる大神をレニは優しく抱きしめた。
「ボクは今すごく幸せだよ。
一郎さんと結婚してずっとそばにいれて、そして子供を授かって。
ボクはずっと家族が欲しかった。
帝劇のみんなが家族だって思ってたけど、
それでも血が繋がった家族が欲しかったんだ。」
「レニ………。」
レニは大神の手をとると自分のお腹に当てて目を閉じた。
「血の繋がった子供がこの中で息づいている。
そう思うだけで心が温かくなってくる、嬉しくなってくる。
誰よりも大切な人に愛されてその人の子供を生む、
これ以上の幸せなんてボクには考えられないよ。」
レニの本当に幸せそうな笑顔を見て大神は胸にあったわだかまりが解けたように感じた。
大神は立ち上がるとレニの額に自分の額を軽く当てた。
「ありがとう、レニ。
俺も今が一番幸せだよ。」
レニが視線で答えると大神はゆっくりと唇を重ね合わせた。
劇場に歓声が響き渡る。
年の最後を飾るにふさわしいクリスマス公演が今終わった。
どやどやとみんなが舞台袖に戻っていくなか、レニは緞帳を見続けていた。
初めてこの舞台に立った日のこと。
初めて帝劇の舞台に立った日のこと。
初めて女役として立った2年前のクリスマス公演のこと。
この舞台の上であった思い出が走馬灯のように過ぎ去っていく。
そしてレニはそっと目を閉じる。
またこの舞台の上に上がる日が来るかもしれない
でも、いまは
「さようなら。」
舞台に向かって小さくつぶやくと目を開けて舞台袖へと向かった。
そこには大神が笑顔でレニを待っていた。
レニは別れを惜しむようにゆっくりと大神のもとへと歩いていった。
2002年の星誕祭に出していたものを少し訂正してもってきました。
内容としては星がたりのほうに入れるべきなのですが、よそさまへ出したものなのでこちらへ。
「あいかわらず」の直後のお話です。
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