「フント。」
暑さから逃れるように噴水近くの木陰に寝そべっていたフントは、レニの呼びかけに勢い良く反応しレニの前に座り込んだ。
レニはそんなフントの頭を軽くなでると、持っていた紐を首輪に取り付け歩き出した。
「レニ!」
少し進んだところで声をかけられたのでレニがその場で止まると、大神が後ろから追いかけてきた。
「これからフントの散歩かい?」
「うん、そう。」
「俺も気分転換がてら散歩でもしようと思ってたところだったんだ。
一緒に行ってもいいかな?」
拒否する理由もない上に嬉しい提案だったので、レニは笑顔で答えた。
「隊長、何を持ってるの?」
散歩についてきた大神がただ一つ白いものを持っていたので、レニは気になって尋ねた。
「ああ、これは暑中見舞いだよ。
なかなか姉さんに手紙の返事を書けないから、せめて暑中見舞いだけでもと思ったんだ。」
筆不精のことをなんとか誤魔化したいと思いながらいう大神に対し、レニは別のことで首をひねっていた。
「…しょちゅう、みまい?」
そんなレニの態度に疑問を覚え、大神は尋ねた。
「あれ、レニ、暑中見舞いを知らない?」
「うん。」
大神はふと考え込んだ。
帝劇にいる面々で日本人なのはさくら・すみれ・カンナ・かえで。
かえでは帝劇に来る前は海外に住んでというし、カンナは沖縄出身だからこういう風習は無いのかもしれない。
さくらは文字数の書き込めないはがきではなく長く書ける手紙だろうし、すみれの場合は直接伺う方を選ぶかもしれない。
まあ、そんな相手がいるのかどうかは知らないが。
以前は米田や帝劇三人娘がいたが、帝劇には住んでなかったので家の方で済ませていただろう。
「日本独特の風習らしいし、レニが知らないのも無理ないかもな。」
その時ちょうどポストの前についたので、大神はポストにはがきを入れてからレニの元へと戻った。
「レニは『土用』って言葉は知ってるかな?
俳句での夏の季語ともなる『土用』の方だよ。」
これは知っていたらしく、レニは頷いてから答えた。
「立秋前の18日間のことを指す。
特にこの期間の最初の丑の日には夏バテ防止にうなぎを食べる習慣がある。」
レニの答えに満足したように頷くと、大神は説明を続けた。
「土用というのはもともと各季節にあって、立夏・立秋・立冬・立春の前の約18日間のことを言うんだ。
特に立秋前の土用が季語にも使われるほど有名で、暑中とも表す。
だからこの期間にだす挨拶状のことが暑中見舞いと言われるようになったんだよ。
元々は夏の1番厳しい時期にあたるこの時期に、夏負けをふせぐ食べ物を土産に挨拶に行ってたことを指してたんだ。
それが明冶以降の郵便制度の発達ではがきになったと言われてる。
特にはがきでの挨拶が習慣化したのは太正になってからだと聞いてるよ。
ちなみに立秋を過ぎると残暑見舞いとして出すことになる。」
大神の説明にやっと納得いったようでレニは笑顔になった。
「わかった、ありがとう隊長。」
そんなレニをにこやかに見ていた大神だが、ふと何か思いついたようでレニに声をかけた。
「レニも書いてみたらどうだい?」
唐突な大神の言葉にレニはきょとんとなった。
「え、何を?」
「暑中見舞いをだよ。」
その言葉にレニの表情は暗くなった。
「…書く相手がいないよ。」
離れた人への挨拶状、帝劇以外には自分のいる場所はないと思ってるレニには出す相手は思いつかなかった。
帝劇を離れた米田や三人娘は3日後には帝劇に来ることになってるので出すのは間に合わない。
「いるよ、巴里や紐育に。」
その言葉にレニはあっと顔を上げた。
「みんな大事な仲間、だろ?」
大神の言葉にレニは頷いた。
「レニが元気だと伝えたい人に書けばいいよ。」
「嬉しそうな顔で何を読んでいるんですか、昴さん?」
サロンで座っていた昴は声をかけられて初めて自分が笑っていることに気づいた。
「……そんなに嬉しそうな顔をしてたか?」
「はい、すっごくいい顔をしてました。
何かいいことありました?」
その言葉に昴は新次郎に手に持っていたものを見せた。
「あれ、日本語?」
「レニからの暑中見舞いだ。」
その言葉に新次郎は納得がいったようだ。
「ああ、そういえばそんな時期でしたね。
こちらではそんな習慣がないので忘れてました。」
新次郎はそういうと苦笑いをした。
「最近暑中見舞いのことを知ったらしく、でもはがきだと長い説明を書けないから暑中見舞いを知っているだろう僕に送ったらしい。」
その言葉に新次郎はなるほどとつぶやいた。
レニが暑中見舞いを送ること、それが僕に送られてくることにびっくりした。
そして最後の一文『ボクは元気だよ』に安堵した自分自身にも。
今ではこれは良い変化だと思えるようになった。
そしてそれをもたらした人物に目を向けた。
2010年の暑中見舞いです。
だいぶん前から考えてたのに、結局ギリギリに。
しかも最初はちゃんとフントが絡んでたのに、その話はいったいどこへ行ったのやら_| ̄|○
フントが空気だ;;
タイトルはサプライズが好きな某方からきたものの熨斗から。
目の前にあったしね(爆)
レニの暑中見舞いの最後の1文が書きたくて作り始めたのですが、かなり苦労しました(遠い目)
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