今年こそはきちんと準備をしてチョコレートを隊長に渡そう。
去年はバレンタインなんて知らなかったから慌てて近くの店で買った売れ残りのチョコをあげてしまった。それでも隊長は「ありがとう、嬉しいよ」って言ってくれたけどボクはとても申し訳なかった。だってみんなは前からきちんと準備をして手作りのものや評判のお店のおいしいものをあげていたから。
今年は自分で作ってみたい。
うまくはできないかもしれないけどマリアが言っていた言葉が心にずっと残ってるから。
「お店で売ってるものやレストランでの食事はおいしいけど私はやっぱり手作りがいいと思うわ。 食べてくれる人が心をこめて作った料理をおいしいといってくれる瞬間が好きだから。」


<バレンタイン10日前>
作るとなったら必要なのは作り方の本。図書室で探してみたけれどすでに誰かに借りられていた。誰が借りたかを調べて見せてもらえばいいのだけど・・・やっぱり恥ずかしい。買いに行ってこよう。

本屋について本の置き場を探そうとしたけど、その必要はなかった。「バレンタイン特集」とでかでかと書かれた下にはその関係の本が集まっていたからだ。そしてその周りには女の子達がいっぱいというほどでないにしろ結構集まっていた。真剣に本を読む彼女たちを見てみんな同じなんだとなんだか嬉しくなった。
「作りたてがおいしい生チョコレート」
「バレンタインの贈り物」
「初めてでもできるチョコレート」
「チョコレートで作るお菓子」
ざっと見回しただけでもチョコレートの本はいっぱいあった。どれを見たらいいのかわからないのでとりあえず目の前にある本を取ってみる。

クーベルチュール・テンパリング・アイシング

さっぱりわけがわからない。
次は初心者でもできると書いてあるものをとる。

バターやチョコレートなど、直接火にかけると風味の失われるものは、材料を容器ごと湯につけて溶かしたり暖めたりします。このとこを「湯せん」といいます。
・・・・・
カカオバターを特に多く含むチョコレートをクーベルチュールと呼び、上質でいろいろなものに使えます。

うん、これならわかる。

ハート型のチョコ・チョコクッキー・トリュフ・ショコラケーキ

どれがいいだろう?隊長はどんなのが好きなのかな?
なかなか決まらない。ボクは自分が理解できそうな本を3冊ばかり買って部屋に帰ってからゆっくり読むことにした。

厨房で紅茶を入れてきて、あれためて本を見る。たかがチョコレートだけでもいろんなものがあるんだと少し驚く。買ってきた本にはそれぞれのお菓子に初級・中級と言う風にランクがついているのでこれを参考にしてみる。
「ハートチョコレート」
チョコレートを溶かして型に流して固めるだけ。
簡単だけどこれだとわざわざ作る意味がない。
「ガトー・ショコラ・フォンデュ」
ガトーショコラ、これは有名な巴里のお菓子。
巴里・・・隊長も向こうでこれを食べたのだろうか?
・・・・・
どちらにしてもこれは中級と書いてあるからやめておいたほうが無難。
「チョコレートムース」
ムースだとあっさりしてていいかな?
初級と書いてあるし簡単そうだ。
あ、でもこれだとラッピングするのが難しいな。
「チョコレートタルトレット」
チョコレートの型の上にホワイトチョコレートで作ったクリームを乗せている。
型の茶色とクリームの白、上にトッピングしたイチゴの赤。
色合いがきれいだけど、これも中級だ。
「レープクーヘン」
これは知ってる。
独逸のスパイスクッキーだ。
ここではクッキーの上にチョコレートをかけて作っている。
初級と書いてあるしこれにしようか?
シナモン・カルダモン・ナツメグ・クローブ
ダメだ、これだけのスパイスが日本で簡単にそろうとは思わない。
「プチガナッシュ」
ガナッシュを小さな型に絞ってある。
かわいいし一口大で食べやすそうだ。
初級と書いてあるし、これがいいかな?
材料も金箔以外は手に入りそうだし、金箔も上に飾っているだけだから別のものでも大丈夫だろう。
うん、これにしよう。
材料は・・・直径3cmのアルミケース各10個分。
2種類あるから全部で20個。
隊長と米田支配人と加山さん。
20個あれば十分かな?
でも失敗したときのために材料は2倍用意しておこう。
2種類をあわせたものを2倍だから・・・

クーベルチュールチョコレート(スイート)400g
生クリーム200cc
コーヒーリキュール小さじ4
インスタントコーヒー小さじ4
グランマニエ小さじ4
ラムレーズン20粒
オレンジピール適量

グランマニエ?オレンジピール?
あ、ちゃんと別のところに書いてある

<グランマニエ>
オレンジから作られるリキュールの一つでオレンジの果皮とブランデーが材料
<オレンジピール>
オレンジの皮の砂糖漬け
実を取り出した皮だけを糖液で煮込んでは砂糖を加えることを数回繰り返して作ります

なるほど、これでオレンジ風味のチョコレートにするんだ。
あと必要な道具は・・・

鍋・ボール・木べら・絞り袋・星型の口金・3cmのアルミケース

これらはほとんど厨房にあるから用意するのはアルミケースだけだ。
あと、ラッピング用の箱なども買ってこないと。
材料は今度の休みに買っておいて作るのは前日・・・
いや、だめだ。前日ともなるとみんなが使ってるかもしれないし2日前にしよう。
みんなに見つからないように作る時間も考えないと。
調理時間は60分と書いてあるから余裕を見て2時間。夕食の後片付けが終わった8時から10時ぐらいがいいか。この時間だと隊長も部屋にこもって書類とかを片付けているはずだし。
よし、これでいこう。


<3日前>
材料を買いに行く前に厨房に行って確認しよう。
生クリームはある、日付も大丈夫だし量もあるから買わなくていいだろう。インスタントコーヒーもあるし、グランマニエもある。としたら買うのはチョコレートとコーヒーリキュール・ラムレーズン・オレンジピール。分量もメモしてあるし、これで大丈夫。

「な、なにこれ。すごい人だかり」
チョコレートの材料を買いにいったボクはその人だかりに圧倒されてしまった。バレンタインデー前の最後の休日と言うこともあって人だかりに拍車をかけているようだ。この中に入っていくのはかなり勇気がいる。
「隊長のため、隊長のため」
ボクは心の中でつぶやきながら人だかりの中へと入っていった。

材料を買いにきたのだから、各店舗のチョコレート売り場は無視。一直線に手作りコーナーへ。こちらにも人はたくさんいたけど各店舗の売り場に比べたら少なめだったのでちょっとほっとした。
まずはチョコレート。割りチョコと書いているチョコレートが大半を占めている。種類もビター・スイート・ミルク・ホワイト・イチゴとたくさん。でもボクが必要なのはクーベルチュールというチョコレート。探してみると端のほうに少しだけ置いてある。割りチョコに比べると値段のほうはちょっと高め、内容量も少ない。たいていの人は安い割りチョコの方を買うのかな?と思いつつクーベルチュールを取る。本に書いてある通りの材料で作れば失敗は少ないだろう。
チョコレートが置いてある隣にオレンジピールが置いてあった。ついでにラムレーズンも見つけた。あとはコーヒーリキュールだけど・・・この売り場にはないようだ。アルコールの売り場に行けばあるのだろうか?
ひとまず向こうの方にラッピング用品が置いてあるようなので行ってみる。
こっちのほうは色があふれていた。いろんな色の箱にリボン、ペーパークッションや袋。たくさんありすぎて迷う。小さいチョコレートを作るのだから、小さい箱の方がいい。そう思い小箱が集まっているところに行く。3個入りの箱から最大15個まで入る箱が色とりどり置いてある。15個だと多いだろうし、3・4個だと少ない。悩んだ末に9個入りの白い箱と6個入りの紺と緑の箱を買う。リボンは少し明るめの青を。
あとはコーヒーリキュールだけ。こっちは洋酒売り場に行ったらすぐ見つかった。ふと時計を見ると店に入ってから2時間近くたっていた。
こんなに時間がたっていたなんて・・・
ボクは慌てて帝劇に帰っていった。


<2日前>
厨房の周囲の気配を探ってみる。うん、大丈夫誰もいない。
今日までに隅々まで読んで作り方は覚えたけど、念のために本を開いて置いておく。まずは使う道具を出して、材料を計る。最初は1回分だけ作って様子を見てみよう。コーヒー風味とオレンジ風味、両方作るけどチョコレートを溶かすまでは一緒なので一緒に計る。生クリームも一緒なのでまとめて鍋へ。
まずは下準備。
計ったチョコレートを細かく刻む。
オレンジピールも飾りの分だけ残しみじん切り。
飾りの分は細切りで。
インスタントコーヒーはコーヒーリキュールで溶いておく。
絞り袋も準備完了。
まず「鍋に生クリームを入れて沸騰させる」
量が少ないからあっという間に沸いてしまった。
「火を止めてすぐにチョコレートを一気に入れる」
「なめらかになるまで木べらで混ぜる」
でも、なめらかってどの程度だろう?混ぜてるうちに塊が解けてきてホットチョコレートみたいになった。たぶんこれでいいんだろう。
次「あら熱を取る」
湯気が出ない程度までだから、この寒い時期ならすぐ冷えるはず。あら熱が取れるまでにコーヒーの分とオレンジの分に分けておこう。よし、湯気がおさまった。
次は「リキュールを入れてよく混ぜる」
コーヒーとオレンジを間違えないようにしないと。
「ぽってりしてきたら絞り袋に詰める」
ぽってりってなんだろう?あ、混ぜてたらなんだか重くなってきた。たぶんこれでいいんだろう。
「ケースの半分くらいまでガナッシュを絞り出しラムレーズンを1粒入れる」
チョコレートを絞り出すのって意外と力がいるんだ・・・。マリアの手伝いで生クリームを絞ったときは簡単に出てきたのに。
「さらにその上に形よく絞り出し、金箔を飾る」
形よく絞り出すのって難しい・・・。金箔はないからコーヒーの方はこのままでいいか。オレンジも同じように作って上には飾り用のオレンジピールをのせて。これであとは冷やし固めるだけだ。
時計を見ると8時50分を過ぎている。予定より早く終わった・・・。
あと1回分材料があるしもう一度作ってみようか?
今度は今作ったものよりはうまくできると思うし。そして作った中からきれいなのを選別して隊長に渡せばいい。うん、そうしよう。ボクはもう一度チョコレートを取り出し、刻みはじめた。


<1日前>
朝一番でチョコレートを見に行く。うん大丈夫、きちんと固まってる。味の方は・・・うん変なところはない。それを確認するとボクはチョコレートを部屋へと移した。このままここにおいて置くと誰かに見つかってしまうと思ったから。この時期はまだ寒いから部屋に置いておいても大丈夫だろう。どうせ夜までは稽古で部屋に戻らないのだし。

最後のラッピングだ。はさみとセロハンテープも用意した。一つ一つ慎重に見分けて箱に入れていく。少しでもきれいなもの、いい物を隊長にあげたい。ふたを閉じ、セロハンテープで止めてリボンを結ぶ。偏らないように水平に保ったまま結ぶのは大変だったけど何とかできた。
とうとう明日だ
隊長は今年も受け取ってくれるだろうか?
隊長はボクが作ったチョコレートを食べてくれるだろうか?
隊長はボクが作ったチョコレートをおいしいと言ってくれるだろうか?
そんなことばかりが頭の中を駆け巡る
今日は寝れそうにないかも・・・

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