だめだ、やっぱり眠れない。
明日も春公演の練習がみっちりあるから寝ないとつらいとわかっているのに少しも眠れない。眠るんだと言い聞かそうとしてもふとした瞬間に受け取ってもらえるのだろうかという不安が湧き上がってくる。むなしい努力を続けたが真夜中を過ぎた頃、ボクはため息をひとつつくとあきらめて起きあがった。ホットミルクでも飲めば少しは落ち着いて寝られるだろう。
厨房の冷えた空気が肌をさす。少し寒いが気持ちは少し落ち着いた。小さな鍋を用意してミルクを沸かす。少しづつのぼってくるミルクの甘い匂いが不安をときほどいていくように感じる。ボクは沸いたミルクをマグカップに入れるとサロンへと持っていった。窓際の席を陣取り、きっちり閉めてあるカーテンを少しだけ開ける。そこから見上げた澄んだ冬の夜空は星たち舞台だった。
冬の大三角を作り出すオリオン座のベテルギウス・おおいぬ座のシリウス・こいぬ座のプロキオン。
黄色くて温かみのあるぎょしゃ座のカペラ。
おうし座をかたどるアルデバランと日本ではすばると呼ばれているプレアデス星団。
仲良く並んでいるふたご座のカストルとボルックス。
そして冬の1等星たち、シリウス・プロキオン・ポルックス・カペラ・アルデバラン・リゲルを囲んで作られる大きな六角形。冬のダイアモンドと呼ばれる形だ。
それらの星を見ているとこのまま夜空に吸い込まれてしまいそうな気持ちになってくる。
悩んでいたことなんかすべてどこかにいってしまい、ボクはただひたすら星を見ていた。
「レニ、まだ起きてたのかい?」
星たちに心を奪われていたボクは突然かけられた声にビクっと体が震えた。
振り向かなくても声で、気配で誰だかわかる。それだけで静かに脈を打っていた心臓がいきなり主張しだした。
「たい…ちょう………。」
たぶんお風呂からあがったところなのだろう、隊長からは石鹸の匂いがしていた。
「めずらしいね。
明日も稽古があるというのにレニがこんな時間まで起きてるなんて。」
「眠れなかったから………。」
なんとなく隊長の顔を見ていられなくなって、ボクはうつむいて答えた。
「そうか、だからミルクがここにあるんだね。
でもそのわりにはあんまり飲んでいないようだけど?」
「ここに来てなんとなくカーテンを開けたんだ。
そしたらあんまり星がきれいだったから………。」
そういいながらボクは視線を再び夜空に向けた。隊長もつられて空を見上げる。
「星か……、確かに今日の星は吸い込まれそうなほどきれいだね。」
「うん………。」
ボクたちはしばらく並んで星を見上げた。
「源氏星と平家星か………。」
聴いたことのない名前にボクは視線だけで隊長に尋ねた。
「レニはオリオン座の一等星、ベテルギウスとリゲルは知ってるよね。」
「うん。」
「左上にある赤いベテルギウスと右下にある青白いリゲルが
真ん中にある三つ星を挟んで対立しているように見えるだろ。
だから日本では源平合戦の赤旗・白旗に見立てて、
ベテルギウスを平家星・リゲルを源氏星と呼ぶんだ。」
「そうなんだ。ボク、初めて知ったよ。」
そういうボクに隊長はやさしい笑顔を返してくれた。
その笑顔を見てボクはふと思いついた。
「隊長、少しここで待っていて欲しいのだけれどいいかな?」
「ああ、かまわないよ。」
「すぐ戻ってくるから。」
そういうとボクは部屋まで駆け戻った。机の上においておいたチョコレートに手を伸ばす。今なら隊長に渡せる、今なら隊長に受け取ってもらえる。そんな根拠のない思いがボクの心を支配していた。
再びサロンに駆け戻ったボクは、決心が鈍る前にすかさず隊長にチョコレートを差し出した。
「た、隊長、あ、あの、その……
チョ、チョコレートなんだけど…………。」
隊長の顔が見れずうつむいていたボクは手が軽くなったのを感じて顔をあげた。
「ありがとう、レニ」
隊長は笑顔で受け取ってくれたので、ボクは嬉しくなった。
「食べてもいいかい?」
「でもこんな時間にチョコレートなんて食べたら………。」
「かまわないよ、レニが一生懸命作ってくれたものだから一番に食べたいんだ。」
「な、なんで!?」
ボクは隊長に一言にビックリした。みんなに気づかれないように計画を立てて作ったはずなのに。
「この前コーヒーでも入れようかと厨房に行ったら、
レニが俺に気づかないくらい真剣に作ってたからね。
だから邪魔しないように、部屋に戻ったんだ。」
ボクは顔が熱くなるのを感じた。隊長はそんなボクを見ながら箱を開けチョコレートを食べ始めた。
「うん、おいしい。」
「ほ、ほんと?」
「うん、よくできてるよ。
これなんかオレンジの酸味がチョコレートによくあってるし。」
その言葉にボクはほっとした。心があたたかいものでいっぱいになった。
そんなボクを見て、隊長がいたずらっぽい顔で尋ねた。
「レニも食べるかい?」
そんな隊長の顔を不思議に思いつつも、ボクは断った。
「え、いいよ、ボクは………。」
ボクの答えを予測していたようにいい終わらないうちに隊長は言葉を重ねた。
「じゃあ、食べさせてあげるよ。」
「!?」
その言葉に疑問を思う暇もなく、隊長はボクにキスをした。それと同時にボクの口の中に塊が入ってくる。あまりに突然だったので、ボクはわけもわからず塊を飲み込んだ。もちろん味なんかわかるわけない。
「たたた、たいちょう!!」
やっと思考を取り戻したボクの抗議にもただ隊長は笑っているだけだ。
なんていえばいいんだろう、いたずらが成功したときのいたずらっ子の笑顔?
何をいっても笑っているだけなので、ボクはどうしたらいいのかわからなくなった。
「ごめんごめん、あんまりレニがかわいかったから。」
そういいつつも、隊長の顔はまだ笑っている。
あまりの恥ずかしさに、ボクは自分の部屋に逃げ帰ろうとした。が、隊長に腕を引かれて隊長の胸の中におさまってしまった。逃げ出そうとするボクを隊長はぎゅっと抱きしめる。
「本当にごめん。
レニが俺のためにここまでしてくれたことはすごく嬉しかったんだ。
だから………。」
真摯な隊長の言葉がボクの上から降ってくる。その言葉に、ボクは隊長の顔を見上げた。
「隊長………。」
「レニ………。」
しばらく隊長の目を見つめたあと、ボクは目を閉じた。
再び重ねられた隊長の唇からはチョコレートの甘い味がした。
前から一度書きたかったチョコレートを作るレニ。昔初めてチョコレートを作ったときのことを思い出しながら書きました。わけのわからないお菓子用語、湯せんと言う言葉さえ知らなかったので大変でした。その時は亡くなった祖母がいて、本を買ってくれたり材料を買ってくれたりしました。教えてくれてりもしたけどおばあちゃんなのでお菓子用語のほうは・・・(苦笑)
先日バレンタインの手作りコーナーに行ってみればすごい材料の種類。手作りキットとかもいろいろそろっててびっくりしました。ここ数年、バレンタインは仕事が忙しくてそんなところへ行ってなかったものですから…。いやはや、時の流れはすごいものです。今回書くのに困ったことはレニがどこまで知っているかということです。クーベルチュールにグランマニエなどは知ってるかなとは思ったのですが、これを読む人がはたして知ってるのかどうか。知ってるからと説明せずに進んでしまったら読み手が置いていかれるわけですし、なかなか難しいです。
2ページ目は後日に付け足したものです。初めから考えてあったのですが、とある考えのもとあえてはずしてありました。ところが公開してからチョコを渡すところが見たい!との要望があって、結局付け足すことに。かなりあまあまになってしまって自分でも砂袋がほしいなぁ〜って思ったり(爆)
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